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ひぐらしのなく頃に。

圭一と梨花。澪尽し編後。
文字書きさんに100のお題/「トランキライザー(精神安定剤)」より。

+ + + + + + + + + +
いくつもの足音が追ってくる。獣道とさえ言えない、山の中を必死で走る。辺りは闇に包まれていた。月明かりだけが足元を照らしていた。木の枝が、足や腕などのむき出しの肌に赤い線を描く。その痛みすら今は感じない。ただひたすら、逃げる。逃げる。振り向く。まだ姿は見えない。逃げ――背後に意識を回したせいか、足元の木の根に気付かずに、小枝や枯れ草、石が散乱する地面に、思い切り転倒した。身体が宙に浮いたような感覚の後、見えている風景が崩れ去るような衝撃。服が破け、むき出しになった肌から血が滲む。じんじんとしたはっきりとしない痛みを、腕や足、脇腹、頬からも感じた。文字通り満身創痍ね……なんてニヒルぶって口元を歪めてみたところで、状況が好転しないことはわかりきっていた。膝に手をつきながら立ち上がる。がさり、という不穏な音に、肩がはねた。逃げなければ。逃げないと。逃げて。逃げて……どうする? 逃げたところできっと捕まる。だったら今ここで、こんなにボロボロになってまで苦しんだところで、それは無駄なのではないだろうか。諦めろという声が、脳の表面から奥の方に向かってじわじわと浸透していく。しかし本能に近い部分は、まだ逃げろ逃げろと喧しくがなり立てている。全く、生に対する執着というのは、これほど厄介なものなのだろうか。苦笑しながら、右足を一歩踏み出そうとして――倒れた。足に力が入らない。足首の感覚もない。その強烈な違和感に思わず右足の先を見ると、足首が妙な方向に曲がっていた。ああ、もう駄目か。いよいよもって、本能が理性に屈服せざるをえなくなったその時、頭に過ぎったのは仲間の顔。レナは、魅音は、詩音は、沙都子は、羽入は……圭一は、無事だろうか。それだけが心残りだった。ごろんと仰向けに寝転がって、目を閉じた。
「見ぃつけたァ……」
狂気をはらんだ声が頭上から聞こえる。眼を閉じているためにその顔は見えなかったが、きっと声と同じような狂笑を浮かべているのだろう。
「今回は私の勝ちねぇ……梨花ちゃま?」
ええ、わかってるわ。わかってるから、さっさと私を殺せ。
「うふふふふ……死ぬ前に、お友達の顔を見せてあげるわぁ」
彼女のその声に、ハッと目を開けた。どれほど山の中を走ったのか、生い茂る木々によって見慣れない形に切り取られた夜空に月が浮かんでいた。傍らから彼女の笑い声が響いていた。恐る恐る彼女のほうに視線を向ける。彼女は、スイカのようなものをいくつか手にしていた。それは仲間たちの、彼の、苦痛に歪み、変わり果てた……。

大きなあくびが出た。日差しはだんだんと夏の気配を色濃くしているけれど、しかし木々の間を吹き抜けて届く初夏の風は、毛布のような感触で頬を撫でて、心地よい眠りへと誘おうとする。百年の時を生きて、初めて感じる風。ただでさえこのところ、安眠らしい安眠を得られていないだけに、それは余計に私のまぶたを重くする。
「どうした梨花ちゃん、寝不足か?」
ぐだりと机に身体を投げ出したらしからぬ姿勢に、圭一が不思議に思ったのだろう、声をかけてくる。
「みー……なんでもないのです。風が気持ちいいから、ちょっと眠くなっただけなのですよ」
顔を上げると、少し繭を顰めた、心配そうな圭一の顔がそこにあった。その表情に、胸の奥がうごめくような、痛みにも似た、しかし心地よい感覚が走る。
「そうなのか? でもここんとこ、なんとなく元気が無いように見えたからちょっと気になってさ」
どきりとした。それは圭一が私のことを気にかけてくれていたことに対する嬉しさと、普段どおり振舞っていたはずなのに気取られてしまった後暗さと、それでも気づいてくれた喜びが混ぜ合わさった、奇妙な胸の高鳴りだった。
「体調が悪いわけじゃないよな、熱は……」
圭一の手が私の額に触れた。体調は何の問題も無いはずなのに、かっと体温が上がったような気がする。
「うん、なさそうだな。調子悪いんなら、無理するなよ」
「だ、大丈夫なのですよ。それより、圭一は……」
辺りを見回す。今は既に放課後だった。いつもの部活も今日は魅音がバイトだからと中止になり、早々に生徒たちが帰宅した教室に残っているのは、私と圭一の二人だけだった。
「帰らないのですか?」
「ん、ああ、そのなんだ、帰ろうと思ったんだけど」
圭一にしては歯切れの悪い物言い。視線を泳がせつつ言葉を探しているその表情は、心なしか赤くなっているように見える。
「さっきも言ったけど、最近ちょっと梨花ちゃん元気なさそうだったから」
圭一はそこで一度言葉を切った。照れ隠しのように後ろ頭をかくその仕草に、なんだか私も気恥ずかしくなる。
「下駄箱に梨花ちゃんの靴があったのを見て、まだ帰ってないのかって気になって、さ。戻ってきたんだ」
そう言って彼は笑った。余計な心配だったかな、と苦笑に似た顔で。思わず、ぶんぶんと首を横にふった。やっぱり彼は優しい人。優しくて、優しすぎて、苦しくなる。隠し事なんて出来るわけがない。
「何か悩み事があるなら、遠慮なく言ってくれよ。俺は、いつでも梨花ちゃんの力になりたいんだ。あの言葉は今でも有効なんだぜ」
そう言って圭一は私の頭にぽんぽんと手をのせた。少し懐かしいような感触。最近のことなのに、もうはるか昔のことのような、六月の頃のそれと同じ。
「……夢を、見るのです」
「……夢?」
怖い夢を見るせいで眠れないなんて、なんて子供染みているのだろう。だから言うつもりなんてなかったのに、彼の瞳や、言葉や、手の感触が、私の陳腐なプライドを溶かしていく。
「必死に山道を逃げて、逃げて……後ろから追いかけてくる何かから。でも結局捕まって、みんな、沙都子もレナも魅音も詩音も、圭一も、みんな、みんな殺されて……」
押し潰されそうな不安に涙が出そうだった。眠る度に苛まれる悪夢が、本当は現実なのではないかという不安。あの六月がまだ続いているのではないかという不安。今の幸福な日常が、本当は全て夢なのではないかという不安。
「眠るのが、怖いの……このまま、もう目が覚めないんじゃないかって」
そんなわけがないと信じているのに。百年の間に心に根をはった、悪意とも卑屈とも言える臆病さが、じわじわと心を締め付けている。
学校から帰らない理由も、そんな悪夢から逃れたいからだった。仲間たちの存在を確かに感じさせてくれるこの場所は、羽入も沙都子も今はいない孤独な家よりも、幾許か私の心を落ち着かせてくれた。
私はこんなにも弱かったのだろうか。それともこの弱さも、様々な代償の上に手に入れたこの幸福さの、その代償の一つなのだろうか。
圭一は何も言わず、ただ私の頭を撫で続けていた。しかし、やがてその手はするりと頭を離れ、そのまま滑るように私の頬に触れた。六月のあの日、神社の階段で信頼を誓い合ったのと同じように。
「俺はここにいる。夢なんかじゃない」
力強い言葉と瞳。吸い寄せられるように、私も彼の頬に手を伸ばした。そっと触れると、その存在を誇示するかのように、暖かさが掌から伝わってきた。
「今度同じような夢を見たら、すぐに俺を呼べ。何度でも、今のこの幸せが夢じゃないって、教えてやるからさ」
「……圭一」
頬に触れる圭一の掌は、気恥ずかしさや戸惑いよりも、遥かに大きな安心感を与えてくれた。目を閉じて、左手でそっとそれに触れる。
「ありがとう……」
目は閉じていたけれど、触れ合った肌から、圭一の優しい笑顔が伝わってきたような気がした。

帰り道。家まで送るという圭一の誘いを断る理由もなく、圭一と隣りあって歩く。会話らしい会話はないけれど、しかし心地よさはあった。
ちらりと隣の圭一を見やる。なんだか少しそわそわしているように見えて、首を傾げた。
「圭一、どうかしたのですか?」
「いや……今考えると、教室で随分小恥ずかしいことしちまったなって……」
顔を赤くする圭一に、少しタイムラグを挟んでから、ぼっと私の顔も赤くなった。お互いの頬に手を添えて、目を閉じて……少し間違えたら、その、そのまま……。
「あ、でも別に嫌だったとかそういうわけじゃなくてだな! 言ったことは全部本心だし、俺を頼ってくれたことは嬉しかったし、梨花ちゃんかわいかったし……って、何いってんだ俺は!」
彼は自分の言葉に何故か慌てだす。私の顔も赤いままだけれど、その姿を見ていると、ほんの少し悪戯心が頭をもたげた。
「ところで、圭一」
そっと彼の服の裾をつまむ。
「な、なんだ?」
「今度、夢を見たら……ボクと一緒に寝てくれますですか?」
「んなっ!?」
これまでの人生でもあるかないかというほど、かわいらしさを意識した上目遣いで尋ねると、彼はさらに顔を赤くしてしばし固まった。私のほうも、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。
圭一の顔を見ていられなくて、せっかく作った上目遣いを維持出来ずにうつむいた。沈黙と羞恥に先に耐え切れなくなったのは、私のほうだった。
「にぱー、冗談なのですよ」
つまんでいた彼の服を離し、再び顔を上げて、いつも通りを装って、いつも通りに口を開いた。それが出来ているかは疑問だったけれど、圭一はどっと肩の力を抜いて、心臓に悪いぜ、と溜息をつく。その様を少し残念に思っているのは、何故だろうか。
「でも梨花ちゃんがそうして欲しいなら……」
ぼそりと呟いた圭一の言葉に、え、とうつむきかけた顔を彼のほうに向けると、彼は今までにないほど恥ずかしそうな表情で、口元を抑えながら視線を逸らしていた。
しかし残念ながらというべきか、今日はもう悪い夢は見なくて済むだろう。お願いすることがあるとしても、もう少し先になりそうだ。
教室で彼の触れてくれた頬をそっと撫でながら、そう思った。

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